この道わが旅 夢幻工房入り口 -> 2次創作



決心+決断=


やよいBランク以上でドームコンサート成功のTRUEエンドを見たプロデューサーさんだけ、見てくださいね。









お別れコンサートも終わって夜風が気持ちいい海辺の公園。
熱が出て辛そうだったやよいも……

「プロデューサーっ!ハイ、ターッチっ!」

パチンッと手のひらの音が夜空に響く。もう、すっかり元気になっているみたいだ。


……よかった。

あのやよいが熱を出して相当辛そうな顔をしていたのが ほんの数時間前。
フラフラのまま、みんなに迷惑をかけるまいと必死にがんばる姿が逆に痛々しく……

どうしてもファンのみんなの前で歌いたいというやよいを気分転換に連れ出した公園で。
熱のせいか 赤い顔のやよいを撫でながら俺はこう言った。

「つらさは……笑顔で吹き飛ばそう!俺と、やよいの、ラストステージは……やっぱり笑顔で!」

……なんで俺が涙目にならなきゃならないのかわからないけど、
俺は やよいの頭を撫でながら泣いていた。

やよいが辛そうにしているのを見るのに耐えられなくて。

そんなのじゃプロデューサーとしてダメなのぐらい分かってる。
分かっていても……やよいのことを考えると……胸が締め付けられて。


「プ、プロデューサー?……な、泣かないでください。わ、私まで……」

ハンカチを取り出し、俺に手渡すやよい。自分のほうが辛いはずなのに。
スーツの袖でゴシゴシと目を擦ると、精一杯の笑顔で俺はやよいに応えた。

「っ……う、ウソだよ!な、泣いてなんかないぞ!やよいを驚かせただけだよ!」

照れ笑いしながら、セットされたやよいの髪をガシガシと乱暴に撫でる。
茶色い綺麗なツインテールがそのたびにひょこひょこ揺れて、やよいは俺を見上げる。


「プ、プロデューサー……大丈夫です?わ、私なら平気ですよ!
 笑顔で、笑顔……うっう〜、やめてくださいー髪がくしゃくしゃになっちゃいますよー!」

不安そうな顔から、とびきりの笑顔。いつものやよいの元気満タンな笑顔。
……俺がこんな風じゃダメだろ!プロデューサー失格ものだな、挽回しろよ!
心の中で自分自身を叱咤激励しながら、もう一度やよいに微笑みかける。


「ははっ、やりすぎるとスタイリストさんに怒られちゃうな。やよい、もう一度……」

ん?といった感じで俺を不思議に見上げるやよい。
そのオデコをツンッと突いて俺は続ける。

「とびっきりの笑顔で……ステージに立とう!」

やよいの頭の上に手を出して広げる。ちょうど、毎日この位置で……


「はいっ!プロデューサー!ハイターッチっ!」

パチンッと夕日が駆け足で海の向こうに沈む中、澄んだ音が響く。



「プロデューサー……プロデューサーったらー!」

と、目の前のやよいに視線を戻す。おっと、ほんの数時間前のことなのに。
ゴメンゴメンと軽く謝りながらやよいの頭を撫でる。

「うっう〜、髪がくしゃくしゃに……って、もうコンサート終わったから別にかまわないですよね」

ニコニコと俺に撫でられながら答えるやよい。
と、目を丸くして何かに驚いた様子になる。

「はわっ!忘れてましたっ!……えへへ〜、プロデューサーに実はプレゼントがあるんですよ」

笑顔で俺を見上げながら言葉を待つ。プレゼント?一体何のために……?
俺の驚いた表情を見てキョトンとしながらも、またにっこりと微笑むとやよいは話し始める。

「お父さんと、お母さんと、弟たちや妹と一緒に……うーんっと考えたんですよー」

そういうと、やよいはビシッと人差し指を伸ばして前に掲げる。


「えへへ〜、ヒントいーちっ!
 はじめに、『く』のつくモノですっ!うっう〜、わかりますかー?」

「ははは、突然だな。く……く……なんだろう?く……かぁ……」


……しかし、本当ならプレゼントを貰うのはやよいのはずなのに。
こういうところは本当に健気な子だよ。


そんなことを考えながら……ちょっとよこしまな考えが頭をよぎる。

「く……うーん……くちづけ、とか?」

「く、くちづけ……って……うっう〜!真面目に答えてくださいー」


真っ赤になって俺の胸をぽかぽかと叩くやよい。
よっぽど恥ずかしいのか、頬を膨らませて俺を見上げる。

「うっ〜……くちづけって、キスってことですよね?
 そんなのお父さんとお母さんに相談しなくても……」

モジモジと俺の胸に指をこすりつけるやよい。
と、そこまでやっておいて またハッとすると、いつものように指を交差させて恥ずかしそうにうつむく。

「うー!プロデューサー!ひどいですよーっ!」

そんなやよいのしぐさが可愛くて、やっぱり頭を撫でながら笑いかける俺。

「すまんすまん。やよいが困っているのを見るのが面白くてな、つい。
 で、『く』……かぁ……なんだろう、見当もつかないぞ?」


腕組みして悩む俺を見上げて「えへへ〜」と笑うやよい。
指を二つ、今度はVサイン。

「ヒント、にーっ!プロデューサーが、すっごくよく使うものでーす」

よく使うもので『く』?……クシ……って普通すぎるというか、さすがにそれはないか。
なんだろう……本気で分からんぞ?

まだ悩む俺をニコニコしながら見つめるやよい。
「まだですかー?まだですかー?」という声が聞こえる。

「降参だよ、わかんないや……クシじゃないだろうしなぁ……」

ダメモトの答えも、違っていたみたいでやよいは三本の指を突き出す。


「えへへ、最後のヒントですよ?ヒント、さーんっ!……私と、二人っきりになってたものでーすっ!」

ぴょんっ、とジャンプしてやよいが嬉しそうに俺を見つめる。
その様子が……いつも見せてくれる笑顔と重なって……『く』でよく使って、やよいと……


「も、もしかして……くるま……とか?」

「うっう〜!せいかーいっ!さっすがプロデューサーっ!」

俺の手を握ってぶんぶん上下に振ると、大きく手を掲げるやよい。
ハイタッチのパシーンッと音が響くけど、車って……おい、やよい!

「や、やよい……自動車なんて、そんな高価なものを貰うわけには……」

「はわっ!?でで、でも、もう買っちゃったんですよー?」


驚いて目をまん丸にするやよい。俺だって目を丸めて驚いてしまうよ!
も、もう買っちゃったって……だ、大丈夫なのか?

「うっう〜。心配しないでください。私のお給料はプロデューサーさんも知ってますよねー?
 お父さんと、お母さんにキチンと相談して決めたんです!で……あの……」

元気ににっこりとうなづいて、少し口ごもるやよい。

「プロデューサーに車あげたら、一緒にドライブとか……私と遊びに行ってくれるかな……とか」

やよいは、モジモジしながら指を交差させて俺を見つめる。
そうか……そういうことか……。
なんで自動車なのか?なんでやよいが俺にプレゼントしたいのか。

多分、やよいの願望もあるんだろう。俺と一緒に、プロデュースが終わっても遊びたいっていう。
だよな。俺も、これで終わりにしたくない。ステップアップのために、なんて聞こえはいいけど……
本当はこの暖かい時間をずーっと感じていたかった。

「……そうだな。いや……絶対遊びに行こう!なんならやよいの弟たちも一緒に、な」

やよいの肩に手を置いて、やよいの瞳をまっすぐ見つめながら、力強く。
その俺の言葉にキラキラと瞳を輝かせて嬉しそうに頬がにやけるやよい。

「ほっ、ほんとうですかーっ!?うっう〜、言って良かった……私、ほんっとーに嬉しいですっ!」

目を細めて元気にジャンプするやよい。俺が片手を上げるとハイタッチ!
「えへへ〜」と笑ったかと思うと、俺をふと見つめて……また目を細める。

「よかったな、やよい」

「うっ〜!はいっー!」

よっぽど嬉しかったのか、今日の熱が吹き飛んだやよいを見て俺も安堵した。
この笑顔を……これからも守っていかないとな。

改めて俺は心に誓うのだった。




それから数週間後…………充電期間ってことで765プロでいろいろなレッスンを行なう やよい。
そんなやよいが俺の元に駆け込んできた。

「プロデューサー!きいてくださいーっ!……あ、元プロデューサーでしたね、えへへー」

次のプロデュースまでの間、デスクワークをしている俺の前に恥ずかしそうに笑うやよいが前に立つ。
この笑顔は……なにかすごくいいことがあったんだろう。


プロデュース中に こんな笑顔を見せるのは、オーディション合格にTV出演とか……
おっと 思い出に浸ってる場合じゃないよな。俺はやよいを見上げて言う。

「どうした?すごくいいことがあったみたいだな」

「そーなんですよ!温泉旅行が当たっちゃったんですー!うっう〜、すっごいですっ!」

ぴょんとジャンプしながら身体全体で喜びを表すやよい。
その後ろでは社長のせき払いが聞こえる。


「ウォッホンッ、やよいくん。仕事中なんだからもう少し静かにしたまえ」

「はーい。プロデューサー。後で食堂に来てくださいねー。うっう〜!」

スキップで去っていくやよいを見送る俺と社長。
わざとらしくもう一度せき払いをすると、社長は俺のほうに向き直る。

「さて、きみを疑っているわけではないんだが……やよいくんと深い関係になったりしてないだろうね?」

「しゃっ?!社長……やよいはまだ中学生ですよ?さすがにそれは……」


俺の狼狽する様を見た社長は、視線を窓の向こうの青空に移す。
なにか、遠い過去のことを思い出しているのだろうか?

「ウォッホン……ワンダーモモくんも、デビューは中学生だったなぁ……」

「そ、それとどのような関係が……ま、まさかっ!社長っ?!」

驚いて立ち上がる俺を社長はにっこり笑い見つめると、一言。

「モモくんの愛をあのとき受け止めなかったのは、はたして良かったのか悪かったのか……今ではわからん」


ポンッと俺の肩に手を置く社長。

「どうやらキミは765プロのプロデューサーであると同時に、やよいくんにとって大切な人らしい。
 悔いのない選択を……な。やよいくんのますますの発展のためにも……期待しているぞ」



やよいの……将来のため……

ぼんやりそんなことを考えながら、俺は食堂に向かう。

……社長は何を言いたかったんだろう。
やよいが俺に「おにいちゃん」以上の感情を持っているのは、やっぱりわかる。

その感情。それをやよいが俺にぶつけてきたとき……そのとき俺はどうしたらいいんだろうか。

「プロデューサーっ!うっう〜!」

食堂で笑顔のやよいが俺を出迎える。
だが、俺の難しそうな顔を見てハイタッチしようとした手を引っ込めてしまう。

「……プロデューサー?……どーしたん……ですか?」

自然と語尾が小さくなる。
恐々と、覗くように俺の顔を見上げるやよいは心配そうにしている。


──俺がこんなんじゃ、やよいが心配するよな


「いや、仕事でちょっと煮詰まっちゃってな。で、どうしたんだやよい」

「うっう〜!煮詰まったってなんですかー?ん〜……煮物はやよい得意ですよー!」

ぴょんとジャンプするやよいの頭を撫でながら俺は微笑む。
そうだよな。俺がこうじゃやよいが不安がるし、充電期間が本当の引退になっちゃったらファンに悪い。
俺の手を離れたって言っても、仕事以外でのテンションケアは765プロ全体の仕事だ。


「煮詰まったってのは、煮物じゃないよ。ちょっとのんびりしたいなって思ってね」

「うっう〜、そうだったんですかー?ちょーど良かったですーっ!」

俺の前の前に差し出されるパンフレット。
ニコニコ顔のやよいはパンフレットを広げて俺に見せ付ける。

「えへへ〜、驚かないでくださいね。なんとっ、商店街の抽選で温泉旅行が当たったんですー。
 で、プロデューサーも一緒にどうかなー?って思って……」

俺の様子を伺うように見つめるやよい。

「一緒にって……お父さんやお母さんと一緒に行ってこいよ」

「うっ〜、実は……お父さんが行けなくなっちゃって、もったいないし車もないし……」


指を交差させながらモジモジと告白する。

「車もないし……あぁっ!」

──車で遊びに連れて行ってくれたらなぁ──

コンサート大成功の夜、俺に言ったやよいの姿がダブる。
そっか、あのときの約束……数週間経っても全然果たせてないものな。

「よしっ、いいぞ!今度の休みに連れて行ってあげるからな」

俺の言葉にやよいの顔がパァーッと明るくなり、大きく頷いた。



そして あっという間に旅行の当日。

俺が運転する車の助手席にはサングラスのやよい。
後部座席に窓の側を争って大暴れの弟たちとなだめる母親。
結局やよいのお父さんは妹とお留守番らしい。

今日だけは俺とやよいは年齢の離れた兄妹ってことになっている。
誰がどこで見ているか分からないからってのが理由だけど……

今日だけは高槻姓を名乗ることになるわけで。……ちょっと恥ずかしいが、しょうがない。

大きな橋を越えて、高速を乗り継ぎ、山道を走って。
もうすぐ旅館に着くというところで、何かを思い出したように やよいは俺にしゃべりかける。


「うっう〜……じ、実は〜、今日の温泉の部屋……お母さんが弟たちと一緒の部屋で、
 プロデューサーは私と一緒の部屋なんですー……うっ〜、忘れててごめんなさいっ」

しばし固まる俺と、なんだか嬉しそうなやよい。
「すみませんね」と言うやよいの母親もなんだか嬉しそうで。
何か言おうとする俺は、弟たちの声で現実に戻る。

「おー!おっきぃ〜……すっげぇおっきいー」

そこには巨大な温泉旅館と居並んだ仲居さんたちが待っていた。


「それじゃ……お兄ちゃんと仲良くね」

打ち合わせ通り、俺とやよいは年齢の離れた兄妹ってことでチェックインする。
仲居さんに通されたのは露天風呂が見える なかなか豪華な部屋。

「お兄ちゃんっ、きれいだねー」

「あ、あぁ。そ、そうだな」


やよいの演技は本当にうまくなったよな……俺なんてしどろもどろだ。
ピッタリ腕に抱きついたやよいと一緒に部屋の中で仲居さんから旅館の説明を受ける。

「この前引退したアイドルによぅ似とるなぁ。しっかし仲いいご兄妹やな、ふふっ。
 お風呂はそこにありますし、ごゆっくりどうぞ……ほなな」

カチャッとドアが鳴り仲居さんが出て行く。
大きく溜息をついてやよいを睨む。この子は……まったく……

「……えへへ〜……おにいちゃんっ」

ニコニコ顔のやよいが俺を見上げる。


「で、なんで俺とやよいだけの部屋なんだ?」

「えへへ〜……」

デレデレとしてやよいは俺にくっついたままだ。

それは食事の間もずーっとそう。
浴衣に着替えた俺とやよいがくっついて食事するのを上品な仲居さんは目を細めて喜んでいた。

「まー、まー。仲ええなぁ……そんなくっつかんでもお兄ちゃんは どこへも行かんよ。
 二人見てると孫を思い出すわぁ、食事冷めんうちにお食べ」

「はーいっ!うーっ、鯛のお刺身とかすっごいゼータクですーっ」


食事の間、不思議なことに弟たちや やよいの母親はまったくこちらの部屋に来なかった。

食事が済んで、夜も更けるに連れて俺はそわそわしてくる。
目の前には専用の露天風呂。今までの状況から考えるに……やっぱり……

「お兄ちゃんっ、お風呂先に入ってください。私、ちょっとお母さんのところに行ってきまーす」


てっきり一緒に入ろうとか言われると思ったんだが、少々俺の考えすぎだったんだろう。
お言葉に甘えて先に露天風呂に入る俺。

……と、しばらくして脱衣所に人影が。そしてノック音とともにやよいの声。


「お兄ーちゃーんっ!たっだいま〜!うっう〜、一緒に入ろーっ!」

って、やよいそれはヤバイ!俺の理性とかいろんなものが吹っ飛ぶ!
慌てて脱衣所の扉を押さえて問答が始まる。

「やよいっ!こらっ!」

「やーだーっ!お兄ちゃん、一緒に入るーっ!」


ピンクのバスタオルが擦りガラスの向こうに見える。
気を抜いた俺が悪いのは百も承知。だが、ここで許してしまっては……

必死の俺にやよいが悲しそうな声で告げる。

「う〜……お兄ちゃんは私と一緒にお風呂入るのイヤですかー?」

その、あまりにも悲しそうな声に俺の扉を押さえる力が緩む。

結局……タオルを巻いただけのやよいが入ってきてしまい、
俺は湯船で背中を向けるしかなかった。

……露天風呂で背中合わせに湯船にたたずむ俺とやよい。
ちゃぷん、という水音が鳴るたびに、俺の心臓はドキドキと胸を打つ。


「えっと、前に引退コンサートのときに、
 お兄ちゃんが言ってた『く』で始まるの……やっぱり欲しいです」

沈黙を破ったのは、そんなやよいの一言だった。


「それって……」

湯船で膝を抱いて、なるべく小さくなる俺の小さな声が問いかける。

本当は分かってるんだ。やよいが俺のことをどう思っているか。
そして、それにどう答えていいのか分からない俺が居ることも。

社長もこんな風に思い悩んだんだろうか。
俺の答えは決まらない。決められない。どっちに転んでも……


「なんだか私、おかしいんです。お兄ちゃんのコト考えると……」

その先の言葉は想像がついている。言って欲しい。言って欲しくない。
でも、多分、やよいは……

「今すぐは無理だって分かってても、私と結婚して欲しくて……その約束のキス……欲しいんです」


想像通りの言葉。俺が一番、聞きたくて聞きたくなかった言葉。
重い沈黙がしばらく続き、その沈黙を壊したのはやっぱりやよいだった。

「うっ〜!ひとりで考え込むなんてずるいですよ、お兄ちゃん!」

背中から俺を抱きしめたやよいは、耳元で呟く。

「わたしも秘密にします!お兄ちゃん……ううん、プロデューサーとのこと。
 二人で秘密にしたら、ちょっと楽になりますよね。えへへ、嬉しいことは2倍ですっ!哀しいことは半分ですっ!」

そう言って俺の前に回りこむやよい。
無邪気な笑顔を見ていると……どうしても我慢できなくなる。


でも……この子は、765プロの大事な商品なんだ。


そう、765プロにとってはかけがえのない商品なんだ。
俺の気持ちがどうの、やよいの気持ちがどうの……そんな事は関係ない。

プロデュース業に感情は関係ない。スキャンダルでつぶしてしまうなんてもってのほか。
俺もつらいけど、やよいなら分かってくれるはず。……つらいけど!



……そう考えて口を開こうとしたとき、社長の言葉が俺に蘇ってきた。


「悔いのない選択を……な」


……

…………


悔いのない選択のために……俺が出した一番悔いの残らない決断。
それは、俺自身が一番望む決断でもある。

答えなんて決まってたんだ、最初から。それを俺が……覚悟できてなかっただけなんだ。


やよいの腕を引っ張る俺。お湯のはじける音が響いて、湯気の中胸元にやよいを抱き寄せる。

「やよい。二人で秘密……守ろう。これから7年……いいや5年でいい。守って、結婚しよう」

「う〜……プロデューサー……」


力を緩めると、やよいも静かに目を閉じて上を向く。

茶色いくせっ毛のウェーブを撫でる。嬉しそうに頬が緩み「えへへ」と声が漏れる。
ピンク色の可愛らしい頬に触れる。ピクッと肩を震わせて、俺の手に自分の手を添えるやよい。

ちょんと突き出した唇。俺は唇を重ねて、誓いのくちづけを……

「えへへ〜……わたし、今日のことずっと忘れません。うっ〜!お仕事がんばるぞ〜っ!」

お湯の中で元気よく片手を上げるやよい。
いつでも俺たちの合図は……これだよな。

「ハイ、ターッチーッ!」

パシンッといい音が露天風呂に鳴り響き、山々にこだました。




「……やはり、そういう結果になってしまったかね……うぅむ……」

社長室でブラインドから外を見る社長。
そこには元気に竹ボウキを持って掃除するやよいの姿がある。

「俺が拒絶しても やよいの性格なら大丈夫だったのかもしれません。
 でも、俺が逃げないことで、覚悟を決めることで……もっといい方向に進むと思ったんです。
 これが、765プロのこと、自分のこと、やよいのこと……全部考えて出した結論です……社長、すみません」

頭を下げる俺に社長は声をかける。


「若いというのは、時として無茶な行動を取ることもある。そして、年を取って後悔をする。
 ……私も、後悔したことがいくつもある。だが、そこから学んだことを生かして今の私が居るとも思っている」

社長は耽々と語る。床に響く革靴の音。そして、俺の肩を叩く。

「キミはやよいくんと一緒につらい道を歩むかもしれんが……きっと乗り越えてくれると思っている。期待しているよ」

社長の言葉が俺の肩に重くのしかかる。
充電期間が終わったとき、やよいは俺との関係を隠し通せるだろうか?

正直不安な気持ちで支配されている。でも……




──退室して俺はデスクに戻ってきた。


これでよかったのかなんて分からない。7年後、5年後にはどうなってるかなんて分からない。
お互い不幸になっているかもしれない。でも、俺とやよいは二人で歩んで行こうって決めたんだから。


ちょうどそのとき電話が鳴る。小鳥さんからの内線。
俺宛の電話がある……って、俺に何の用事だ?


「はい、765プロの……?」

「……始めまして、悩めるプロデューサーさん」


受話器からは聞いたことのあるような声が響く。
いつ聞いたんだろう。記憶の糸をたどる俺の気持ちとは裏腹に電話の相手は続ける。

「あなたには、元・ワンダーモモって言った方がいいかしら?」


声の主は……伝説のアイドル、ワンダーモモのモモさん?……でも、なんで……


「あなたのこと、夫から聞いてね……アドバイスしようと思ったけど。どうやら必要なかったみたいね」


夫?夫ってもしかして……


「ふふ。今は私、高木姓を名乗っているの。高木モモって言えば分かるかしら?」


……すべてのピースがぴったりあった。


高木社長は、モモさんの愛を受け止められず一度は拒否した。
でも、それでは彼女の気持ちを理解してなかったんだ。彼女は受け止めて欲しかったんだろう。

たとえそれがお互いにとって茨の道でも。

多分、諦めきれずに突然の引退の後、高木社長のところに走ったんだろう。絶頂のアイドル生活を捨てて。
それは、高木社長にとっても そしてモモさんにとってもベストの決断じゃなかったのかもしれない。

そのときの後悔があるから。アイドルを辞めたこと、愛を受け止められなかったこと。
だからこそ、同じ境遇に陥った俺たちを優しく見守っていてくれたのかもしれない。

「ありがとうございます……俺、がんばりますっ」


受話器を置いて、俺はやよいと二人三脚で歩んでいこうと改めて心に誓った。

「うっう〜!あれ?プロデューサー、嬉しそうですね!あーっ、レッスンに行かないと!失礼しますー!」


掃除から帰ってきたやよいが大慌てで駆け出していく後姿に自然と笑みがこぼれる。
ドアから出る直前に一瞬、俺に向かってウインクするやよい。

あの笑顔を守るためなら、5年でも7年でも10年でもかかってこい!
俺は気合を入れて、これからの生活に望もうとするのだった。





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